クラシック バレエ

クラシックバレエはたぶん人間の持つ最も優れた機能を駆使して人工的に造り上げる踊である。そして恐ろしいことにこの機能は日々更新されていく。非人間的な動きを舞台上で見せられた時たいていの人は鳥肌だつような喜びを味わう。その殆ど不可能かも知れないような状態に向かって、セッセセッセと積み上げていくのが日常のレッスンである。
フォーサイスは言っている。バレエとは人体に規律をはめていくことである。と。まことにその通り、と思う。規律がうまくはまる身体を持っていればさほど怪我もしないし美しくなれる。そうでない場合はじんわりと身体が怪我していく。子供の頃はあまり感じないが、ティーンエイジャーもそろそろ終わりというあたりで痛みとか歪みとか出てくる。バレエのセンセイとはなんと罪作りなお仕事かと思ってしまう。でも、このことはバレエに限らない。様々なスポーツにもいえる。バレエはまだいい方だと思う。なぜかって、バレエのレッスンはとても良く身体のことを考えてあって左右前後満遍なく身体に意識を向けるようにレッスンをする。センセイの趣味が片寄っていなければ体全体を十分に使うように出来ているのがバレエのレッスンである。


用語

バレエ用語はなぜか大部分がフランス語である。ロシアでも中国でもアメリカでもイギリスでも日本でも。おもしろいことに原語のフランス語は侵入した場所で生き残るために進化していく。結果としてフランス語にはないバレエ用語が生まれたりすることもあるらしい。新しい用語を耳にした時その言葉を使った人がどこでバレエを勉強したのかを知ることによって解決できる場合が少なくない。

ずいぶん前の話だが、ここで育った少女が他所でバレエを習っていた同い年のお友達を得た。バレエの話ができる友達なんてそう簡単には見つからないのでとてもうれしかったらしい。ある日「チェンジマンってな〜に」と質問してきた。その時の不安そうな表情は今でもなつかしい。お友達のセンセイはとりあえず有名なセンセイで東京からきて教えていた。「changement de pied のことじゃない! その先生英語読みしてるんじゃないかな。」「な〜んだ、シャンジュマンのことか。」少女はにっこり笑った。その笑顔は私の宝物になった。

本家のフランスに於いても用語は進化し続けると思われる。なぜかというと私達の日常的な言葉が変化するからである。人類がある方向に向かって進んでいるとすれば言葉もそちらに向かって進んでいくに違いない。クラシックはクラシックのままで存在することが不可能なのだ。ちなみにフランス語ではバレエのことをダンスクラシックという。クラシックの意味が日本語の中に溶け込んでいるクラシックとはちょっと違うみたい。

参考文献‥蘆原英了著『バレエの基礎知識』1958 年第4版、Grammaire DE LA DANSE CLASSIQUE 1969 年

お稽古衣

基本的に裸に最も近い状態でレッスンを受ける。ピンクのタイツをはいてレオタードというものを着てバレエシューズをはく。レオタードもタイツも前後があるのに、バレエシューズには左右がない。ここがふつうと違っていることだ、おまけに昔から子供のシューズでさえ0.5 cm 刻みである。あしという部位にいかに神経を使う踊であるかがこんなところでも感じられる。あしの発達に伴って適切なサイズを常に選ぶようにということだ。どうせすぐに大きくなるからという安易な気持ちでは脳に適切な刺激を送ることはできない。レオタードやタイツが少々大きくても片目をつぶれるが、シューズだけは贅沢していただく。


ヘアスタイル

基本的におだんごである。髪が動きを邪魔しないようにできるだけ小さくまとめるのである。それと教師の側からいうと首筋が見えない状態では生徒のアライメントが分かりにくい。将来トォシューズの上にたって踊ろうとか空中で回って拍手をもらおうなんてチョとでも思うなら良いアライメントを必要とする。バレエのレッスンをする上でアライメントを無視してテクニックをつけると肝心の美しさに欠けてしまう。怪我もしやすい。それに良いアライメントを保つと頭の働きも良いのだ。是非首筋を見せて下さい。レオタードの襟ぐりも前より後ろの方が深いのです。


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