41名中12名中20名がポアントでの踊りを発表した。この教室では大事件だった。“よん”の時のオデットは成長して再び「白鳥の2幕」姫を演じた。パキータのグランパでは脚の高さをそろえるのに大変だった。大きい人達踊りの合間を縫って小さい子たちがポルカやワルツやギャロップで観客をホッとさせた。
とても長い時間の発表会だった。「7人の小人と白ゆきひめ」の再演はとても嬉しかった。音楽を少々手直しして、舞台装置を加えて、衣裳を作り足して・・・と周囲の環境を整えてみた。モルダヴェニャスカにも挑戦した。とっても大変だったけど、皆のいっしょ懸命さが見る人をひきつけた。相島先生が涙を流してみて下さった。
大きい舞台でのシルフィードは気持ちよさそうだった。ピーターと狼では舞台に木があったけれどもあまりに小さくて、おまけに原爆の爆焔のような形をしていたのにショックを受けた。
88年の夏東京で、木村先生のおかげで「日ソ芸術愛好協会」の舞台でキャラクタ−ダンスを踊る機会を得た。その同じ舞台で「ジュピター」という創作ダンスを観てしまった子供達は自分達もあんなふうにかっこいいことをやりたいと言ってきた。「キエフの大門」を選びシンセサイザーの演奏にのって子供達自身による創作ダンスをご希望のオールタイツ姿で発表した。他目的ホールという場所なので舞台はせますぎて使えず客席を座ぶとんにしてフラットな床で踊ったので、踊り手の感情が直接伝わって良かったかも知れないと思った。
9才から13才で白鳥の湖第二幕に取り組んだ、王子様も初々しかった。「センセイ、オデットを下ろす時僕の顔をチュチュが撫でるんだけど〜? 化粧とれちゃうよね。」デュエットが初めての16才は私に色々勉強の機会をくれた。初めてけいこ場より大きい、4倍もあるステージの上だった。
大好きな音楽「ピーターと狼」でバレエができて幸せだった。木を作る余裕がなくて人間の木だった。だからリフトがあった。
「7人の小人と白ゆきひめ」の音楽をどうにかこうにかつなぎ合わせられた時、朝日がのぼっていたっけ。ヴァイオリンの音と白ゆきひめの感情とどうしてこんなに似合うのだろうと思った。
一回目の発表会は何もかも初めてのことだった。どうやって舞台を作っていけば良いのやら途方にくれた。
世田谷の相島バレエの仲間達がこの日のために泊まり掛けできてくれた。パーティの途中でデモレッスンをしてくれた。私は生まれて初めてバレエのセンセイをやった。とてもこそばゆかった。小学1年生の時の担任の桜井先生がきてくれて涙を流して喜んでくれた。私もうう〜んとうれしかった。